30話)




 その日が来て、真理は歩を迎えていた。
 今日は、なぜだか小さな花束を手に渡してくるものだから、歩もウマかった。
 花屋で大枚はたいて購入した花束ではなくて、まるで家の庭にある花だったのだ。
 まるで河田邸にある花を無造作にを摘んできた・・・。みたいに、直に手に握られた小さな花束は、歩の気持ちをそのまま表現されたような、錯覚まで受けてしまう
 ついさっきまで鬱々とした気分を吹き飛ばされてしまう自分の気分にも、驚かされた。
 花の効果は絶大だ。
 歩の前で、戸惑うやら、嬉しいやら。
 結局は、花瓶がないので大きめのコップに水を張って、イソイソと花を生けてしまうのだった。
 その間にも、歩は家の中をキョロキョロ見回して、物珍しそうに歩きまわっているのが目に入り、ギョッとなった。
 目にされたら困るモノ・・。
 気付いた瞬間に、なぜか彼も一目散にそっちに向かってゆくのである。ハイチェストの上に置かれたそれ。
 歩が手に取る方が早かった。
 写真立てだった。
 夫婦で住んでいる設定にしていたために、二人の写真くらいは、どこの家庭でも飾るのでは?なんて思って、飾っていたのだ。
 けれど、写真自体飾るものがなかった真理は・・。
「・・犬じゃん。」
 目にして、歩は絶句していた。
 彼が手に取っているフォトは、ペアのワンちゃんの写真だった。
 まるで人間のような服を着て、うまい具合に肩を抱き合っているシーンを映し出している。
 雑誌の切り抜きだった。
 ポーズが気に入って、写真立てに入れて飾っておいたもので・・。
「どうゆう意味?」
 歩は言いながら、ニヤニヤ。
 問いかけて次第に、ニヤニヤの口が大きくなってゆく。
 ゲラゲラ大笑いしだすのである。
「・・・別にいいじゃない。かわいいでしょ?そのワンちゃん達。」
「ワ・・ン・・ちゃん。」
 ヒーヒー腹を抱えて笑うものだから、声にならないらしい。
(そこまで笑わなくっていいじゃない。)
「俺、ワンちゃんの亭主に、嫉妬してたのか?
 ・・・ありえないよ。」
 うっすら涙まで浮かべて言ってくるので、エッと首を傾げてしまう。
(その写真。知っているの?)
 どこで見たのだ。
 疑問に思って、言葉にしようとしている間に、彼はポンとフォトを元通りに置いた。そしていきなり近づいてきて、真理の体を抱き上げてしまう。
 いきなりの動作に、出かかっていた言葉が引っ込んでしまった。
 抱きあげられたせいで、間近に歩の顔があった。
「もう我慢ができないよ・・・。君を抱きたい。」
(えぇ〜!)
 突然の、とんでもない言葉に、仰天した真理は、さっきの疑問が見事に吹き飛んでしまう。
 迷いなく寝室に向かおうとしている彼が、どうして部屋の配置を知っていたのか?
 ひたすら混乱していた真理は、そんな謎にも気付きもしなかった。
 ベットの上にホオリ投げられるように置かれ、いきなり覆いかぶさってくる。
 まず眼鏡を素早く外された。
「あの・・私、夫がいるのよ。」
 けれどまさに、今目前にいる男が、河田茉莉の夫そのものなのだ。
 嘘と現実が入り乱れて、訳がわからなくなる。
「あ・ゆみさん・。」
 混乱したまま、真理は彼の手を戻そうとする、その手をとった歩が、真摯な表情で見返してきた。
「拒まないで・・。俺を受け入れてくれ・・・。」
 切実な心の叫びを、そのまま声にしたような強い言葉だった。
 真理が答える前に、キスを落とされ、激情にまかせた行動の割に、優しい舌の動きに唖然となる。
 歩は優しかった。
 むしろオズオズとした仕草で、服に手を入れ、めくり上げてくる。真理の乳房をもみほぐし、膨らみの頂きがほんのり色付き、固くなったのを確認すると、するりとスカートの中に手を入れてくる。
「綺麗だよ。マリ。」
 言われて震えてしまった。
 その時、ゴジャゴジャ考えるのは、もうよそうと思った。
 様々な事情で、ここにいたとしても、本当は河田茉莉なのだから。
 そう思って、歩の背中に腕を回した真理に、答えるかのように、歩は軽くキスを返してくる。
 そして歩の指はすんなり、真理の足の付け根の部分に滑りこんでいった。